人は国境を越える。

春が近づいてきたこの頃、入荷する食材が変わり、食べたくなる食材も変わってきて、それにともなって、セレクトするワイン、食材が変わってきます。
そんなときにいつも考えることがあります。
私たちがセレクトの基準としているもののひとつに生産地があります。フランスワイン、イタリアワイン、スペインワインなどなど。私はいつも行政の便宜上引かれた線によって成り立つこの国名の区切りっていったい何だろうと考えます。
日本に滞在している感覚ですと、日本は四方を海に囲まれ、他民族の侵略や移住などの経験が多くなく、陸続きの国に比べるとほかの文化が入りにくい地理であると言えます。このことによって行政上の線引きで文化や人種までくくってしまうのかもしれません。
フランスワインと一口にいってもヨーロッパで様々な文化が入ってきて、歴史、言語、生活様式がその地方によって違います。地中海の文化、ケルトの文化、ゲルマンの文化など地方によって様々な様相が見られます。

お客様によく聞かれる質問の一つにフランスらしいワイン、イタリアらしいワイン、スペインらしいワインがほしいと尋ねられることがあり、即答できないことが良くありました。

先日、オーストラリアワインを紹介していた時にオーストラリアらしいね、と言われて、やはり考えてしまったことがありました。
オーストラリアも建国以来様々な民族が移住してきています。
オーストラリアの代表的な銘醸地として南オーストラリアやヴィクトリア州などがありますが、そこに住んでいる人たちは英語でコミュニケーションを行っています。
なんとなく英国系移民が多いようなイメージがあると思うのですが、様々な民族がいます。
ドイツ系移民が多い地区ではドイツ系品種が、イタリア系移民が多い地区ではサンジョベーゼやドルチェットなどイタリア系品種が、スペイン系移民が多い地区ではテンプラニーリョやヴェルデホなどスペイン系品種が植えられています。

これはニュージーランド、南アフリカ、チリ、アルゼンチン、アメリカ、カナダなどでも見ることが出来ます。例えばアルゼンチンはスペイン移民の多いイメージでスペイン語をしゃべっているようなイメージですが、ルンファルドと言われるアルゼンチンの俗語はイタリア系移民の使っていたイタリア語からの借用語が使われています。その他、スペイン国内でもフランコ政権からのディアスポラであったバスク移民、ドイツ人、ウェールズ人などのコミュニティも多くみたことがあります。

そんな中で面白いのはチェ・ゲバラやエバ・ペロンなど政治、経済で多くの著名人を輩出しているバスク移民ですが、彼らの優秀なアイデンティティにあやかって、自分の先祖にバスク系の人がいたかどうかを探して、バスク人のような名前に変えてしまう人がたくさんいたという話もありましたのでバスク人らしい名前でもバスク系とは限らないこともあるようです。

南半球のワインベルト地帯も北半球と同じように移民の歴史に沿った発展をしているということを知っていれば、なんとなくイメージができるのかもしれません。
現在は国際マーケットを見つめている生産者はそういう特色がなくなってきたところも多々見られますが、多くのワイン生産者は自分たちのアイデンティティをそのワインの味わいやラベルへの表現が多くみられます。
国名の縛りでワインを選ぶのではなく、その産地まですこし覗いてみると、なぜそのワインこがそういう味なのかまで見えてきます。
そして筆者はそういうラベルやボトルの裏側まで見たい方のお手伝いをしております。